LYNCSブログ

慶應義塾大学公認団体 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のブログです。

技術書典に初参加してみて(技術書典 6 )

はじめに

弊団体は、2019 年 4 月 14 日に行われた技術書典 6 に参加し、部誌の頒布を行った。技術書典への参加は、今回が初の試みとなった。そんなわけで、せっかくだから初参加の模様を記録しておこうと、ここに感想文的なブログ記事を執筆するに至ったわけである。大学の課題から目を逸らしつつ書き上げた文章なので、読みにくい部分が多々あるかもしれないが、「忙しい時に書いたんだな」ってことで許してもらいたい。

ちなみに、事務的な処理の HowTo とか、「同じ初参加の人へアドバイス!」的な内容は(なくはないけど)少ない。まあ、「反省」のところには、ちょっとそういう内容も入っているので、その辺が気になる方はそこだけ読んでいただければいいと思う。基本的には、「こいつには技術書典がこんな風に見えてたのか」「裏でこんな苦労があったのか」ぐらいな気持ちで見て頂きたい。

執筆は今回の技術書典参加にて編集長的な立場だった min が担当する。

きっかけ

弊団体は、「三田祭」と呼ばれる慶應の学園祭にて、毎年プラネタリウムの投影・解説を行っている。その辺の説明は、以下の記事に詳しく書かれているので、ここでは省略する。

lyncs.hateblo.jp

lyncs.hateblo.jp

この記事からもわかるが、我々は 2017 年よりこの三田祭にて部誌の頒布を開始している。言ってしまえば、これが技術書典参加へのきっかけとなったわけである。

「活動を冊子にまとめて紹介・報告しよう」みたいな軽い感じで始まった部誌企画であったが、中には各々の持つ知識や技術をまとめたかなり高度な記事も含まれていた(もちろん、ギャグみたいな活動報告記事もたくさん入ってたけど)。これを三田祭では無料で配布していたのだが、「実際売ってもいいんじゃない?」という意見が参加者各位から出始めていた。「記事の作成・文章の校正・製本作業などに凄まじい努力をしておいて、無料でバラまくんじゃあ報われないだろう!」という意見も(主に私から)あがっていた。

しかし、この部誌は三田祭で販売できるような内容ではなかった。三田祭で立ち読みする人々の様子を見ていても、「一発目の量子計算機の記事に困惑する親子連れ」「表紙の記事一覧を見て「おおう」みたいな反応をする主婦の方」といったリアクションが多かった。三田祭に遊びにきた親子が集まるプラネタリウムで配るべき内容ではなかったのである。

そこで出たのが「技術書典で配る」という案である。技術書典ならばお客さんは技術書を求める人ばかりなので、数学のコラムや量子計算機の記事を販売しても場違いでは無いだろう。うちのサークルは見ての通り理系(というか情報系と工学系?)の会員の割合が非常に高く、技術書典に毎年本を買いに行くという会員も多かった。それらの会員からも、「うちのサークルなら参加しても問題ない(違和感ない)と思う」的な意見が多かったので、出てみてもいいだろうとは言われていた。

そんでもって「じゃあ出てみるか」ということになったのは、2019 年 1 月のことである。要するに、申請締め切り直前になって、ほぼ私 min の独断で参加が決定したのだ。一応、Slack で同じ channel の人に「いいですかね?」「いいんじゃない?」みたいな確認はしたが、会計とか各本部に具体的な相談は一切無しで参加を決定してしまったのである。上手くいったから良かったものの、これで原稿が落ちたり冊子が 1 冊も売れなかったりしたら、しばらく私は戦犯として扱われていただろう。

申請とか原稿とか

いざ参加するとなれば、次は申請諸々の作業に移るわけだが、これにはそこまで苦労しなかった。なんせ技術書典である。みんな HowTo を書くのが大好きなのか、参加する時の注意記事とかがそこら中にあるのだ(馬鹿にしてるわけじゃないです)。それら先人の知恵のおかげで、申請作業にはあまり苦労しなかった。強いて言えば、PayPal に私が登録できなくて入金手続きが色々大変だった、という問題はあった(結局先輩に立て替えてもらった)。

さて、問題は原稿である。最初、「技術書典で書きたい人〜!」という募集を「過去に執筆した記事の加筆修正」と「新規記事の作成」の 2 つにわけ行なったところ、「過去に執筆した記事の加筆修正」に 4 人、「新規記事の作成」に 4 人(重複有)ほど集まった。編集長である私は「まあ合計 7 人もいれば合同本が 1 冊出せるやろ」と考え、新規記事を集めた合同本を 1 冊、過去記事をセレクションした冊子を 1 冊の、計 2 種類の部誌を販売する計画を立てた。

2 月 5 日に当落が決定し、本番は 4 月 14 日である。校正作業なり製本依頼なりの作業を考えると、4 月に入るまでにデータが揃っていることが望ましい。4 月には学校行事や新歓の仕事などやることが多いので、あまりタスクを 4 月に残したくはない、という思いもあった。そこで、まず私は一次締め切りを 3 月 12 日に定め、各位に通達した。

もちろん、この締め切りが守られるなどという考えは微塵もなかった。弊団体の会員は「締め切りを基本的に守らない」が「締め切りが 近付く / 過ぎる と危機感と申し訳なさで作業が進む」という傾向があったので、とりあえず早めに締め切りを設けておけば、なんだかんだで 3 月中には終わるだろうと考えたのだ。

結果的に、この作戦は失敗した。まず、大半の人間が春休みという状態に甘えて作業を進められなかったのである。

一次締め切りの 5 日前である 3 月 7 日に進捗確認を行なったところ、ほぼ全員が「今の進捗はほぼないけど、週末でなんとかする」というものであった。信用できるわけないやん……。 結果、締め切り当日までには加筆修正原稿が 2 つ届き、書きかけ(本人曰く完成率 2 割)の原稿も 1 つ届き、 2 名から新規記事が書けない旨の連絡があり、残りのメンバーから締め切り伸ばして的な連絡が来るという状態になった(一応、もっと前から一次締め切りに間に合わない旨を連絡してくれた人もいる)。まあ、私も自分の原稿の進捗が 5 割程度で他人のこと言えない状態だったので、最終締め切りを 3 月 25 日とし、再度執筆をお願いした。「書けない」連絡をしてきた人にも、25 日に間に合うなら書いて、と新たに連絡し直した。

そして最終締め切り(笑)の日が来たが、原稿は届かなかった。翌日には 1 つ届いたが、これは一次締め切りで届いた原稿に私が校正を行なって指摘した問題点を直してもらったというもので、新たに原稿が届いたわけではない。結局、3 月中に完成したのは加筆修正 2 つと私の記事 1 つだけであった。

その後、新規記事の 1 つが 4 月 4 日に届く。と言っても、この記事については前々から遅れる旨の連絡は受けており、大体想定したぐらいの時期に届いた(若干遅いかな)ので、大した問題はなかった。その後、1 名から新規記事が間に合わない旨の連絡が届き、最終的に記事が揃ったのが 4 月 9 日であった。見本誌提出が 4 月 10 日の 24 時なので、見本誌に間に合うかどうかも微妙な時間である。これから校正やらの作業をまとめてやろうというのは、私には馬鹿の発想としか思えなかった。

さて、この時点で新規記事が 2 つ、加筆修正記事が 4 つ揃っていた。だが、このうち新規記事 2 つと加筆修正記事 2 つはコラム程度の短い内容で、逆に加筆修正記事の 1 つはそれだけで 1 つの冊子になるレベルの大作が届いていた(元はコラム程度の記事だったが、加筆により文量が増えたのである)。その大作はそれ単体で独立した作品になっていた(構成とかテンプレとか)ので、私は冊子作成の方針を変更することにしたのである。「新規記事を集めた合同本を 1 冊、過去記事をセレクションした冊子を 1 冊」という方針から、「大作となった加筆修正記事単体の冊子を 1 冊、過去記事のセレクションと加筆修正版、新規記事をまとめた冊子を 1 冊」という方針に変更したのだ。まあ、こういう言い方をすると土壇場で大胆な決定をしたように聞こえるが、この案自体は結構最初の方から考えられてはいたのだが(文量多くなるかも、という連絡はあった)。

その後、先輩方の協力と圧倒的徹夜作業により、4 月 10 日には冊子のデータが完成した。朝にデータが完成した「大作となった加筆修正記事単体の冊子」は日光企画さんに印刷・製本・運搬を委託し、「過去記事のセレクションと加筆修正版、新規記事をまとめた冊子」は、10 日夜にやっとできた*1ので、直前にキンコーズさんに駆け込んで印刷・製本することになった。イベント 4 日前なのに丁寧に対応していただいた日光企画さん*2と、たった 1 日で冊子を用意してくれたキンコーズには感謝してもしきれない。

ちなみに、直前に「新刊 2 冊セットの見本誌提出はどうすればいいのか」が気になって、技術書典運営さんに深夜 25 時過ぎにメールで連絡をしたところ、なんと 14 分後には丁寧な回答が返ってきた。素早い対応には本当に感謝しかないのだが、それにしても速すぎやしないだろうか? 夜はちゃんと休んでください……。ちなみに、「2つのデータを zip ファイルとかでまとめて提出してください」といった回答だった。その時にはもう見本誌提出の締め切りは過ぎていたのだが、技術書典運営さん曰く「スタッフがベストエフォートで対応しております」(原文ママ)とのこと。神対応過ぎる……。

こうしてできた「大作となった加筆修正記事単体の冊子」が「量子計算機科学序論」、「過去記事のセレクションと加筆修正版、新規記事をまとめた冊子」が「Escape Velocity vol 2.5」である。

また、名刺用の紙に QR コードとパスワードを印刷することで、電子版の配布も行えるようにした。「かんたん後払い」でお支払いいただいた方はそこの DLC で電子版をダウンロードできたので、現金で冊子を購入した人にこのカードを配るようにしていた。

当日

当日は、お09に配置された。配置を見た時は「入口前やん神か?」とか言っていたが、机で区切られており別に入口のすぐそばで頒布できるわけではなかった。とは言っても、見つけやすい場所であったのは確かだ。

当日の布やらポスターやらは、売り子担当で分担して購入し用意した。この用意にも、先人達が残したブログの数々が非常に参考になった。

当日の我々の動きやらは、特に語るべきことはないだろう。「普通に座って販売してた」、それだけである。経過とかについては、ツイッターを遡って貰えばなんとなくわかると思う。で、遡るのが面倒くさいという人のために結果だけ説明すると、用意していた「量子計算機科学序論」109 冊、「Escape Velocity vol 2.5」19 冊は全て完売した。「量子計算機科学序論」については、電子版だけのものも数冊売れる形となった。初参戦とは思えない大勝利である。

反省

さて反省会である。修羅場があったとはいえ大勝利だったわけだが、もちろん反省すべき点は多い。ブログ記事なので、細かい反省点は飛ばして、他の団体も参考にできそうなことを記した。

複数テーマの合作は微妙

今回販売した「Escape Velocity vol 2.5」の部数が「量子計算機科学序論」に比べ圧倒的に少ない(19対109)のは、データ作成が間に合わず製本がギリギリになり、直前の高い印刷費だと予算の都合でこれだけしか刷れなかった、というのが理由である。だが、それでも「Escape Velocity vol 2.5 が一瞬で売り切れ、量子計算機科学序論がその後売り切れた」というわけではなく、どちらも似たような時間で売り切れた。これは、「量子計算機科学序論の需要が非常に大きかった」というのもあるが、「Escape Velocity vol 2.5 が複数テーマの合同本だった」という点がかなり大きいように思われる。

弊団体は、(ブログをいろいろ読んでいただければわかるが)、天文・工学・理学など、様々な本部に分かれバリエーション豊かな活動を行なっている。そのため、合同本を作成すると、数学の話から天体写真の話まで様々な記事が集まるわけである。これは、サークル紹介用の冊子としては適しているが、専門誌を求める技術書典で販売するには不向きだったように思われる。テーマごとに分冊して売れればよかったなあ、というのが、今回一番の反省である。

見本誌が不足した

技術書典は、結構立ち読みしてくれる人が多い。そう言った人に向け立ち読み用の見本誌を 1 冊ずつ用意したのだが、途中で何度も不足する場面があった。できれば、2 冊ずつ見本誌があったほうが良かったかもしれない。今回は製品版を渡してなんとか対処したが、製品版を立ち読みしてもらうのは色々紛らわしいのでなるべく避けたいところである。

集まった会員が多い

手伝いやら差し入れやらで弊団体の会員が集まってきたはいいが、販売ブース裏に人が集まると狭くて大変だった。売り子要員などは事前に 2,3 名に決めて、交代以外で裏に溜まることがないようにすべきだったかもしれない。

締め切りを守ろう

みんな頑張って。

おわりに

散々文句を垂れ流したブログ記事を書いておいて何だが、弊団体は(当選すれば)次回も技術書典に参加する予定である。今回は偶然にも「量子計算機科学序論」がバカ売れしたため大成功を収めたが、次回以降はこう上手くいくとは限らない。が、まあ、ボロ儲けを目的に参加しているわけではない*3ので、各会員が好きなように書いて、継続できる程度に今後も売れて欲しいな、と思っている。

もちろん、締め切りをちゃんと守って、予定通り完成させるのが、次回の一番の目標である。

*1:ここは、過去記事の転載に手間取った私の責任が大きかったりする。

*2:どうでもいいけど、日光企画さんに帰り際にいただいた飴が結構美味しかった。

*3:これで売り上げ落ちてやる気無くしたら、アンダーマイニング効果とやらのいい例になってしまいそうである。